Report

10 八潮団地の外部空間

八潮団地は1983年に品川沖合の埋立地に建てられた団地です。埋立地に進出する企業などのために大量の住宅を供給するとともに「広場と青空の東京マイタウン構想」に沿う良好な住環境が求められました。大量供給と住環境を両立させる難題を日本住宅公団が円熟した団地設計手法を駆使して見事に解決しています。このツアーでは晩秋薫る八潮団地の心地よさを体験しながらそれらを実現した設計手法を紐解いていきました。

まずは団地を一望できる八潮橋から八潮団地のつくられた目的と目指したもの、それを実現させるための設計手法について解説。橋から眺めると森から高層棟がまばらに建っているように見えますが目を凝らすと高木に隠れるように中層棟も建っていることがわかります。高層棟だけでは圧迫感を与えるため中層と高層をミックスさせているのです。団地内に歩みを移すとその効果がよくわかります。建物の隙間から大きく高く秋の空が見えて大規模団地ながらおおらかでさわやかな空間が感じられました。

団地内は車道と交わらないように遊歩道が張り巡らされています。団地の隣には湾岸道路が通っていますが城壁の様に建てられた高層棟が遮音壁の役割を果たして団地内はとても静か。おかげでゆったりと散策することができました。これも良好な住環境を目指した設計の賜物です。緑の豊かさ、おおらかな空間、放課後団地内を自由に走り回る子供たちとそれを見守る親たちなどなど、理想的でここちよい住環境に参加者一同感心しきりでした。

行く先々で「いいですねぇ」の声が漏れましたがそのため息のような「いい」の一つ一つが実は公団が培ってきた設計技術が引き出した言葉なのです。そのことを設計手法とともに説明すると「いいねぇ」は「ほぉ~」という驚きに変わっていきました。このツアーでは住民の方も参加してくれましたが設計者の思いが知れてより愛着を感じたのではないかと思います。ツアーからの帰路、皆の目には八潮橋から見返した八潮団地が生き生きと輝いて映ったことでしょう。

ナビゲーター:吉永健一(吉永建築デザインスタジオ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

近年、団地ブームが起こっているのをご存知でしょうか。幼い頃に団地で生活していた多くの芸能人がメディアを通じて魅力を発信していることがその背景にあります。ジャニーズの井ノ原さんもその一人であり、ここ八潮団地で育ったそうです。

散策を始める前にまず、集合場所の品川区立シーサイド公園にて団地が目指すコンセプトや設計手法の移り変わりなど、団地全般についての基礎知識を理解してから、橋を渡って大井ふ頭の京浜運河沿いにある八潮団地に向かいました。

八潮団地は、公団賃貸・公団分譲・公社賃貸・公社分譲・都営住宅・雇用促進住宅・日本勤労者住宅協会という7つの異なる主体によって運営されています。建物は、1980年代に主流となった、中層住棟と高層住棟を組み合わせる設計手法を採用しています。団地と聞くと全く同じ形の建物がズラっと壁のように連なっているイメージがあるかもしれません。ところがこの団地は、建物の形が異なるだけでなく、それぞれの棟を不規則に配置することで、住棟間の外部空間にメリハリをつけています。また、運河側から見たときに圧迫感を感じにくく、風通しにも配慮して設計されていました。

八潮団地を歩いて一番強く感じたことは、住民の方々が生き生きとした様子で生活されていたことです。今の時代、隣に住んでいる人の顔すら知らない、というような話をよく聞きますが、この団地にはそのような状況は起こり得ないように感じました。全部で5,248戸ありますが、現在はほぼ空いている部屋がないというくらい人気だそうです。施設も充実しています。病院・郵便局・ショッピングセンター・図書館・デイサービスなどが揃っており、生活に困ることは一切無さそうでした。また、幼稚園・保育所・小学校・中学校・公園・児童センターなどもあり、子育てしやすい環境が整っています。安全面を考慮して、住棟間の外部空間に車が通れないようになっており、子どもたちが安心して遊んでいる様子も見受けられました。

「ふるさとの石」という名の、石段も印象に残りました。これは、小高い丘に向かって3方向から伸びる石段一つ一つに、47都道府県産の石が使用されているものです。全国各地から集まってきた人が、身近にふるさとを感じられるようにと設計されたそうです。

建築ツアーとは有名な建築家が設計した建物を見て回るもの、と考える人が多いのではないでしょうか。確かに団地の多くは有名な建築家の設計ではないため、私自身団地を訪れるのは初めてでしたが、建物と生活者の関わりを直接見ることができるのは団地ならではの魅力だと感じました。衣食住の「住」がいかに人間にとって大切なものであるのかということに気づくことができました。

アシスタント:舟山織沙(慶應義塾大学1年)

PrevBackNext