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9 山手通りの名建築を行く

品川区の特色として、幹線道路や主要鉄道といった近代的なインフラが区域を通っていることがあります。それとは対象的に、旧東海道に代表されるような人の歩行によってできた道も健在です。二つの特色をかけ合わせて、このツアーが生まれました。前者の代表である山手通り(環状六号線)を、あえて徒歩で行くというものです。実施した結果、三つの良いことがあるのが分かりました。

一つは、エリアが変わっていくさまを体感できることです。これは環状道路が、もともと歩く範囲で生まれた異なる地域性を貫通する存在だからです。今回、東急電鉄目黒線の不動前駅をスタートして、JR大崎駅でゴールしました。二地点のつながり方は、このようなツアーで歩かないと、あまり意識されないでしょう。距離が意外と短く、しかし、進むにつれて街並みや雰囲気が変化していきます。参加者の方からも、あっという間だったという感想をいただきました。エリアの貫通性ゆえでしょう。

二つ目には、歩きやすいことです。太い環状道路ですので、歩道も広くて、整備されているのです。おかげで、一般の通行の妨げになることがあまりありません。空が開けて、健やかな気分になります。しかも、人との人との距離を保つことが十分に可能です。この状況下にも合ったものでした。

三つ目には、大通りに面した建築の外観が一望できることです。そもそもが見られる位置にある建築ですから、デザインに気をつかった名建築が多いのです。予定していた、目黒不動前マンション、ヘリオス、城南信用金庫本店ビル、タキゲン本社ビル、大崎の建築群のそれぞれに、十分な解説を加えることができました。加えて、来年に飯田善彦さんの設計で竣工する、大正大学品川キャンパスの建築にも、いち早く出会うことができました。大通り沿いが建築にとって肥沃な土壌だということを歩いて知る、品川区の魅力がいっそう発見できたツアーでした。

ナビゲーター:倉方俊輔(東京建築アクセスポイント)

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本ツアーでは、山手通り沿いの名建築を巡りました。参加者の年齢層は幅広く、建築関係の方も多くいらっしゃいました。

不動前駅を出発し、まずは菊竹清訓の弟子、内井昭蔵が設計した《目黒不動前マンション》(内井昭蔵、1977)を見学しました。このマンションは、菊竹らメタボリズムの建築家が好んだ、ユニットの組み合わせから成る集合住宅です。しかし、全体の構成以上に個々のユニットを重視する点や、心地よい共有空間を作り、「集まって住む意味」を追求する点などに内井の個性が見られます。

《ヘリオス》(坂倉建築研究所、1989)は坂倉没後の作品で、モダニズムの建築家である坂倉の特徴を継承しながらも、ポストモダンの時代を反映しています。構造材ではないことを強調したコンクリート壁、鉄骨やタイルなどを用いた断片的な外観は、あえて素材を統合しないことにより、機能の多彩さを示しているようにも読み取れます。

《城南信用金庫本店ビル》(佐藤武夫、1970)の装飾を排しつつも様式建築的な要素を取り入れ、存在感を示す建築は、佐藤の特徴であると同時に、信用金庫の堅実で地域に根差したイメージも反映しています。また、全面に使用された特注品のタイルは、建材の工業化から既製品の普及までの間の時代を物語っています。

《タキゲン本社ビル》(高松伸、2014)のガラス壁の奥には自社製品の金具を用いた木製パネルが並べられ、それらの開閉により外観が変化するようになっています。特殊な造形が目を引く高松のかつての作品と比較するとやや穏やかにも感じられますが、機械仕掛けの物へのロマン、一瞬ごとに変化する建物の表情などには、一貫した美意識も感じられます。

今回は外部からの見学が中心でしたが、「見られる」ことを意識した大通り沿いのビルの外観はそれだけでも見応えがありました。また、建物そのものにとどまらず、時代背景や思想、建築家の系譜にも踏み込んだ解説は、参加者の方からも好評でした。

アシスタント:山東真由子(慶應義塾大学4年)

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秋晴れの下、不動前駅から山手通りを通って大崎駅へ、てくてく2時間。名建築とそれにまつわるエピソードを伺う、充実した小旅行となりました。参加者が熱心にナビゲーターの話を聞かれる姿も見られ、今年も開催できて良かった、とホッとしました。今後も、品川区内の建築物やまちの様々な魅力を、区民の方はもちろん、区外の方にも広く知って、楽しんでいただけるよう、取り組んでいければと思います!

レポート:長尾樹偉(品川区都市環境部建築課長)